12.学習和英辞典の1つの引かせ方
0.「言い換え法」(paraphrasing)
日本人が作り出す日本語表現(句・文)には限りがないから、全ての日本語表現を収録した和英辞典などというものは存在しない。学習辞典クラスのものであればなおさら収録漏れが多くなる。そこで、限られた収録表現を最大限に活用する方法を考える必要が出てくる。
その1つが別の言葉を使って表現し直す方法である。「言い換え法」(paraphrasing)と呼んで良かろう。たとえば、本務校の担当学生約20名に、
元(はじめ)ちとせは100年に一人の美声だと言われている。 |
元ちとせは100年に一人の“逸材”だ。 |
と換言する。そこで、学生たちに和英辞典の「いつざい(逸材)」を引かせてみる。すると、そこには“a talented person”(才能のある人)、“an outstanding person”(傑出した人)という訳語と共に、
松坂は10年に一人の逸材だ Matsuzaka is a talented player such as comes (only) once in ten years. |
のような用例が収録されていることが分かる。これを利用して、
Chitose Hajime is said to be a talented singer such as comes (only) once in a hundred years. |
のような訳文を考え付けば、上出来である。ただし、「美声」と言っているのであるから、“a talented singer”は“a sweet singer”のほうが適切であろう。結果的には、
Chitose Hajime is said to be a sweet singer such as comes (only) once in a hundred years. |
のようになる。この言い方は、日本語の「…に一人の逸材だと言われている」という日本語が持つ文語的、もしくは詩的な雰囲気をよく出している言い方だと言えよう。
もちろん、英語学習者にとって望ましいことは、
元ちとせは100年に一人の美声だと言われている。 |
They say Chitose Hajime is a sweet singer whose like has only been seen [encountered] in a hundred years. |
They
say Chitose Hajime is a dulcet-voiced singer whose like is rarely seen in a hundred years. |
「言い換え法」(paraphrasing)の有効性については理解できたことと思う。英語教師の中には、「和英辞典など受験の邪魔だ」とか「和英辞典など日常的に不要だ」などと極論を吐く人たちがいるが、これは学習者に向かって言うべきことではない。英語学習は「生涯学習」の一環と捉えるべきものである。学習者が将来どのような形で英語学習を強化する必要が生じても良いように、英和辞典同様、和英辞典に関しても、その活用法を適切に指導しておく必要がある。これまでに述べて来た「言い換え法」(paraphrasing)を実践することにより、学習者は和英辞典の活用法のみならず、日本語の表現法も補強することができる。